キリストの甦りを祝う復活祭・イースターから数えて第3週目の日曜日を「ユビラーテ」と呼ぶ伝統が西欧の教会にはあります。ユビラーテとはラテン語で「喜べ」という意味です。こうした教会歴の伝統によれば、私たちはこの朝、「喜べ」という名のついた日曜日を迎え、しかも礼拝に集っています。「ユビラーテ・喜べ」の日曜日でなくても、礼拝はそもそも喜びの時です。なぜなら、礼拝は神さまによって与えられ、また約束されている希望を受けとめる時なのですから。
それならば「ユビラーテ・喜べ」の日曜日を迎えている私たちの心はどうでしょうか。今、どんな心でこの礼拝に集っているでしょうか。この季節のようにすがすがしい気持ちでという人もあるでしょう。しかし、重い心、疲れた心で、やっとの思いでここに来ているという人もあるかもしれませんし、そういう気持ちで礼拝に来ざるを得ないという日曜日もあるでしょう。
そういうとき、私たちにとって切実な課題となるのは、「喜び」を妨げてしまう「悲しみ」をどう扱うかということです。この場合の「悲しみ」とは「不安」と言い換えてもよいし、「恐れ」と言い換えることもできます。ようするに「喜び」を奪い損なわせてしまうものです。
職場の人間関係について助言をし、カウンセリングをする人から、良い人間関係を育み維持するために「怒りの心をコントールする」ということを聞いたことがあります。その言い方に倣って「悲しみの心をコントロールする」ということもまた私たちにとって必要なことでしょう。人は生きている以上、心に怒りや悲しみを抱くものです。ですから、怒ってはいけない、悲しんだりしているようでは駄目だというのではなくて、その心をどうコントロールするかが課題となります。
人間関係のカウンセラーは言います。怒りを感じたときには「3秒間、深呼吸をしてください」と。あるいは「笑顔をつくってください。(笑いながら怒ることはできない)」と。こうしたことは、怒りの心をコントロールするための知恵として実践に値するものです。しかし、それは根本的な解決ではなく、その場をやり過ごす一時しのぎともいえるものです。
「ユビラーテ・喜べ」は、一時しのぎでもよいから、とにかく礼拝をしている間だけでも喜べというのではありません。「ユビラーテ・喜べ」の日曜日は、私たちに問いかけながら呼びかけているのです。――あなたは悲しみの心をコントロールするために大切なことを忘れてはいないか。そのことを思い出そう。そして、喜びに向かう希望を受けとめなおそう、と。
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キリストは十字架に磔となる前日、弟子たちに対して『別れの説教』と呼ばれる一連の教説の中で「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなります……あなたがたは泣き、嘆き悲しむが、世は喜びます」とお語りになりました。この後、キリストは十字架刑に処されて墓に葬られ、そのことによる悲しみが弟子たちを襲うことになります。その弟子たちが悲しんでいる様子を不信の人たちが見て――ざまを見ろ、と言わんばかりに喜ぶ。そのことをキリストは予告なさっているのです。しかし、キリストはこうも言われました。「またしばらくすると、わたしを見ます……あなたがたの悲しみは喜びに変わります。」
これらのキリストの言葉から、悲しみの心をコントロールし、喜びに向かう希望を受けとめるために二つのことを聞きとり受けとめたいと思います。
1、しばらくの悲しみ
今朝の聖書には「しばらくすると」という言葉が、くどいと言ってよいほどに7回も繰り返されています。それは作文を指導する人が見たら稚劣な文章と言われかねないほどのものです。しかし、このような文章には、福音書を書いた人の願いとも狙いともいえるものが込められています。その狙いについて言えば「しばらくすると」という言葉を私たちにいやがおうでも意識させ、その言葉を心に刻み付けさせるというものです。
この「しばらくすると」と翻訳されている原文のギリシャ語は、ミクロン(ミクロス)というよく知られている言葉です。1000分の1ミリという顕微鏡で見なければわからないような大きさを示す単位のことですが、それをここでは時間の長さを示す言葉として用いているのです。
弟子たちはしばらくするとキリストを見ることができなくなり、またしばらくするとキリストを見ることができるようになる、その間の弟子たちの悲しみについても、それはまことに短いしばらくの時でしかないことをキリストは示唆しておられます。そのために語られたキリストの言葉を、福音書の著者は「ミクロン」という言葉を用いて伝えているのです。
※キリストが実際にお語りになっていた言葉はアラム語です。
実際には、弟子が過ごした悲しみはしばらくの間と言ってしまえるようなものではありませんでした。キリストが死なれた後、弟子たちは怯え悲しみのあまり鍵をかけた部屋に閉じこもってしまいます。その時の弟子たちにとって、この悲しみはこれからずっと続くのではないかと思わせられるほどのものであったに違いありません。
そのような弟子たちの悲しみを――それはしばらくの悲しみに過ぎないものだ……と言う人がいたら、人の悲しみを分かろうともしない酷いことを言う人だということになるでしょう。
しかし、弟子たちの悲しみを「しばらく」と言っているのはほかでもないキリストです。キリストは、弟子たちの悲しみをよくわかったうえで、あなたがたの悲しみはしばらくのものだとおっしゃってくださるのです。このキリストの言葉を思い起こし受けとめることが、悲しみの心をコントロールすることの一歩となります。
ヨハネの福音書が書かれた時代、厳しさが増すばかりの迫害の中に生き続けなければならなかった教会・クリスチャンにとって、何にもましてキリストの言葉が励ましとなり慰めとなってきました。そうした言葉のひとつとして「しばらくすると」という言葉も覚えられてきたと言えます。初代教会のクリスチャンたちは、永遠に続くかとすら思われた迫害による苦しみと悲しみについて、それをしばらくのものと語ってくださるキリストを信じながら迫害に耐えたのです。
2、悲しみは喜びに変わる
そのしばらくの悲しみについてキリストは、驚くべき約束をこうお語りになりました。
「あなたがたの悲しみは喜びに変わります」
悲しみもあれば喜びもある、というのではありません。悲しみが去って喜びが来る、というのでもありません。そうではなくて、悲しみが喜びに変わる。そのことをキリストは喩えを用いてもお語りになりました。
「女は子を産むとき、苦しみます。自分の時が来たからです。しかし、子を生んでしまうと、一人の人が世に生まれた喜びのために、その激しい痛みをもう覚えていません。」
こうしてキリストが譬えに用いました産みの苦しみには、他の苦しみにはない特徴があります。それは、その苦しみそのもがまぎれもなく喜びにつながっているということ。それゆえに決して意味のない苦しみではないということです。
ノーベル賞作家である大江健三郎さん(1935~2023年)がある大学で、ノーベル賞を受賞された二人の科学者と一緒にパネルディスカッションをされていたときに、ノーベル賞受賞の理由をめぐってこんなことを言われたことを思い出します。(私の要約で紹介します。)
科学者の方たちは、ノーベル賞を受賞できた理由の一つに、幸運であったということを述べていられることが小説家の自分とは随分違うと思います。自分は、幸運ということではなくて、不運ということにこだわって生きてきました。長男が脳に障害を持って生まれてきたことは、一般的に言えば幸運ではない。それは不運であり、不幸とも言えるものです。その不幸を別なものに転換することを考えながら小説を書き続けることでノーベル賞を受けることになったと思っています。
「不幸を別なもの(幸い)に転換する」という大江氏の言葉に、「悲しみは喜びに変わります」と語られているキリストの言葉に近いものを感じます。しかし、決定的に違うところもあります。それは、大江氏は不幸を転換することを自分たち――大江さんと奥さん、大江さんのお母さん――で取り組んできたとも言っておられることです。
キリストは私たちに――あなたがたは、自分の力を発揮して悲しみを喜びに変えるよう努力しなさい、とは言われません。キリストはこう言われるのです。
「今はあなたがたも今は悲しんでいます。しかし、わたしは再びあなたがたと会います。そして、あなたがたの心は喜びに満たされます。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。」(22節)
キリストが『別れの説教』で語られた要点の一つは、キリストが去られた後に「別の助け主」「真理の御霊」としての聖霊が弟子たちに遣わされて来るということでした。そのことをキリストは繰り返し、三度にわたって語っています。この聖霊による助けこそは悲しみが喜びに変わるための要であました。そして、実際に聖霊が遣わされてきたとき弟子たちは、復活されたあと天に昇られて去って行かれたそのキリストが〈今も共にいてくださっている〉ことを知り、キリストと再び会うと言い得る体験をすることになります。そうして弟子たちの悲しみは喜びに変えられていったのでした。しかも、その喜びを奪い去る者はもはや誰もいません。このようにして「あなたがたの悲しみは喜びに変わります」というキリストの約束は果たされるのです。
「あなたがたの悲しみは喜びに変わります」というキリストの約束を希望として聞き続けて生き抜き、さいごに殉教して行ったひとりの牧師がいます。
第二次大戦が始まる前から戦争中にかけて、ヒットラー率いるナチスに抵抗したために、多くの牧師やカトリックの神父、シスター、ドイツ軍将校といった人たちが牢獄や強制収容所に入れられ、命を奪われていきました。パウル・シュナイダー牧師もその一人でした。
シュナイダー牧師は、教会に圧力をかけて教会を政治目的に利用しようとするナチスのやり方に対して公然と批難したために牧師を免職させられますが、それでも礼拝で説教を語ることをやめなかったために逮捕、投獄され、そして悪名高い強制収容所に移されます。そこでもシュナイダー牧師は、ナチスに対して一歩も妥協せず、他方、収容所に入れられている人々に対してはよき慰め手となりました。そのシュナイダー牧師が1939年7月19日に死に至らしめられたとき、収容所の人々はただでさえ粗末な食事で死ぬほどの空腹を覚えている中で断食をしたのでした。
こうした強制収容所で殉教していった人々が家族に書き送った手紙を集めてつくられた『反ナチ抵抗者の獄中書簡』という書物があります。そこにシュナイダー牧師が子どもへ書き送った二通の手紙が収められています。「喧嘩をしない、いい子であるように一所懸命つとめなさい」という文章が手紙の中にあることからすれば、まだ小学生ぐらいの子どもたちであろうかと思われます。その子どもたちに向けての手紙の中でシュナイダーは次のように記しています。
神さまが、すべてのことでお助けくださらなくとも、困ったときには、いつでもそばにいてくださるのです。(1937年10月4日の手紙から)
たとえ、お父さんだけが迫害の淵に沈まなければならないとしても心静かに、落ち着いていなさい。「愛する者たち、あなたがたを試みるためにあなたがたの間で燃えさかる試練を、何か思いがけないことが起こったかのように、不審に思ってはいけません。むしろ、キリストの苦難にあずかればあずかるほど、いっそう喜びなさい」と聖書(ペテロの手紙1第4章12~13節)にもありますが、そのわけは、キリストが来てくださる時が近いからです。いよいよ、神さまのみ前で、喜びあうときが来ることでしょう。そのときには「あなたがたの悲しみは喜びに変わります」。(1937年10月10日の手紙から)
こうした手紙を子どもたちに書き送り、ナチスに対しては妥協することなく抵抗し、収容所の仲間たちのためには良き慰め手として生きたこの人を信仰の英雄・偉人にしてしまわないように注意したいと思います。もしそうしてしまったら、こうした獄中書簡を読んでも、それは一時の感動を生むだけのものになってしまうでしょう。個人的なことを申せば、私は、死を覚悟するほどの困難や、自分の最後となる病床に就くことになった時はこの『反ナチ抵抗者の獄中書簡』に収められていた手紙を想い起し、できればこの本を持っていきたいと思っています。シュナイダー牧師をはじめとする死に向かう獄中で手紙を書いた人たちをモデルとして生きることが家族のために、そして自分のためにもなると思うからです。
「いよいよ、神さまのみ前で、喜びあうときが来ることでしょう。そのときには『あなたがたの悲しみは喜びに変わります』」と書き綴りながらシュナイダーは、キリストの語られた「しばらくすると」という言葉を思い起してもいたのではないかと私には思われてなりません。強制収容所という困窮を極めたところでの悲しみと苦しみをしばらくのときと語ってくださる復活の主キリストのみ声を心の耳で聞き続けていたシュナイダー牧師にとって、強制収容所で過ごす日曜日は、酷い苦しみにもかかわらず「ユビラーテ・喜べ」の日であり続けたのです。
2026年復活節の礼拝説教
参照 H・ゴルヴィッツァー編「反ナチ抵抗者の獄中書簡」大岩美代訳 新教出版社
